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2018/11/06

夢見るいにしえの乙女と菊花展

 ただいま、市原市の国分尼寺にて菊花展が開催されています。

〇復元上総国分尼寺回廊

平安時代に遡る事およそ1000年~1250年ほどの昔

ここは、あづまの国の国府として栄えていた時代があったということです。

〇復元上総国分尼寺回廊 ②

上掲の写真は、当時の建物を復元したもの。

〇菅原孝標の女
<写真は借り物です>

菅原道真の玄孫に当たる、菅原孝標(たかすえ)の女(むすめ)の像が

JR内房線「五井駅」東口に建っています。

ちなみに五井駅から、国分寺台までの道路は「更級通り」と命名されています。

ここで生まれ、父親の任が解かれて京へ上るまでの

およそ12年の歳月をここで過ごした彼女は

平安時代を代表する日記文学の一つ「更級日記」を、書いています。

日記とはいえ、後年纏めて書いたものとみられているようですが。

源氏物語を読みふけり、夢見る乙女だった彼女は

ここを立つ、数え年で13歳から寡婦となる52歳までの

1020年から1059年までの軌跡を、更級日記に余すところなく著しています。

「あづま路の道のはてよりなほ奥つ方に生い出たる人
いかばかりかはあやしかりけむを、、、」

で、始まる物語の冒頭ですが

源氏物語に憧れ、物語の舞台である京を夢見た少女は、後年

あづまの奥の、また奥深い所に生まれた私は、

京の都に上ったら、田舎臭くて見苦しかっただろうと述懐している。

旅だって二日目、「然程大きくはない村田川を渡り、、、」

と、書かれた地名に響くものがあり、ふと思い出した話がひとつ。



房総丘陵の北端に位置する我が住まいの片隅に、

とある素封家の山がありました。

それこそ平安・室町辺りから数えたらよいのだろうか、

「わたくしで20代目の嫁です。」と話してくれた

ある老女がいましたが

「家(うち)の山の湧水が村田川の源流です。」と

嘗て仰っていらしたのを思い出しました。

山の奥の又奥に、ちょろちょろと

綺麗な水が湧き出ている場所を、案内されたことがありました。



さて、物語の二日目には千葉市の中心街を流れる都川の名も登場するのです。

お付きの者を従え、総勢20数名での旅路は

あの当時、如何ばかりの苦労だったことでしょう。

現在は副都心として、マリンスタジアムやホテル街

はたまた、大企業のビルの林立する幕張辺りで、

旅立って三日目にして、ようやく

美味しい魚を売りに来た土地の女がいた、と綴られ

やっと美味しい食事を摂ることが出来たと書かれている。

今は埋め立て地だが、あの頃は

浅瀬の広がる東京湾の豊かな恩恵に与かったことだろう。

しかし、私の幼い頃(60年ほど昔)は、あの副都心辺りで

潮干狩りが盛んでした。

左手に海を見ながら、R14号の東側を細々と連なって行ったのだろうかと

いにしえに想いを巡らせます。



さて、前置きが長過ぎました。

菊の花の妖艶な事、拙い腕前にてこれが限界ですがご覧ください。

〇菊花展

〇菊花展②

〇菊花展③

何々賞と名札を下げて、ずらりと並んだ菊の豊かで瑞々しい事。

〇菊花展⑤

菊には興味がないという連れを尻目に、あれこれレンズを向けては

少し沢山写し過ぎたようです。

いつものことながら、整理に手間取りました。

〇菊花展⑦

こんな細い花びら、素麺の様、、、例えが現実的過ぎますね。

〇菊花展⑧

妖しい、というのはこういう事かと見惚れるばかり。

〇菊花展⑥

白も美しく豊かな量感で迫って来ます。

〇菊花展⑪

先日食べた「ふわとろオムレツ」を思い出しました(;'∀')

〇菊花展⑨

〇菊花展⑩

〇菊花展⑫

支えが無ければ重みで垂れてしまう花弁。

〇菊花展⑭

〇菊花展⑬

菅原孝標の女(すがはらたかすえのむすめ)は、

1200年ものちの世に、生まれた場所がこんな立派な史跡となって、

菊花展などが催されていることなど、知る由もないでしょう。

〇菊花展④

若い頃は思いもしなかった心の動き、あるいは興味の方向は

まだまだ私が息をしている間は(大袈裟?)

流動的にどこへ辿り着くのか分かりません。

知らないことが山ほどある身には、近くても遠くても

あら!そうなの、、という

謂わば、小さな感動の連続です。

〇雨上がり

ここへ来る前に雨が降っていたようです。

あづま路の奥のまた奥にふさわしい小菊も捨てがたい美しさです。

菊花展は、11月16日まで開催されているそうです。

では、また。




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コメント

非公開コメント

No title

読み返す間もなく流れてしまいました
届いたかわかりません 午前中は出かけますから午後開いて見ますあしからず

No title

先日他の方に書きましたけれど父は菊作り上手で 3本建ての大きなの作りました
丹精しないと駄目ですから夕方は家に入れて廊下に見事に並べ朝は時間があるでしょうけれど庭に並べ 夏の朝顔が終わると菊でした
其のころは外出もせず 唯お菊様でした
何時も二鉢貰いました車の後ろに立てて転ばない様にして寄こしました 私は何もせずお玄関に綺麗な菊を置いたものでした何年前でしょうか 菊の頃になると思い出します

いにしえ(古)

ミルさん おはようございます

まさに古の話しですね。
いにしえに思いをはせて・・

って、オイラの柄にもない事を・・
菊の香りで酔ったのかもです。
菊だけに効くぅ

朝からお粗末でした^^

キレイですね!

ミルさん、おはようございます。
日本を象徴する菊の花、
桜に比べると親しみが薄かったです。
菊の花、おひたしは好きなんですが(⌒-⌒)
一輪ずつ愛でることありませんでした。
それぞれに独特の個性があり
白色は「真実」花言葉そのものの美しさ、
ふっくらしたオムレツのような黄色(笑)、
洋風の花たちとはまた違う艶やかさですね。
朝から目の保養をさせていただきました。

こんにちは。

先を越されましたね^^;
しかし菊花展が催されているとは知りませんでした。
この長い回廊を利用しての菊花展。
賢い人が居たものですね~♪

しかし尼寺でこの規模ですから、
国分寺はもっと壮麗だったでしょう。
律令時代の意気込みが伝わってきますね。

市川には国府があったらしく、
国府台という地名もありますね。

「更級日記」の謂れ、初めて知りました。
そしてミルさんの語りに、遥かな万葉の風景が甦る想いです。

そうそう、国府台に近い市川真間には、
手児奈の悲しい物語が伝えられていますね。
真間川は手児奈の帯か花筏
と言う句を昔詠んだことがあります。
この頃は真面目に俳句をやっていたのですね~(笑

☆喜美さんへ

☆喜美さん、二度目のご訪問ありがとうございます。
お父さんが菊作りの名人だったとか。
一鉢に三本建ては難しそうですね。
雨が降ったり風が吹いたり、気温の兼ね合いやら
天候との相談で、まさしくその季節のお父さんは「お菊様」一色ですね(*^^)v
関係ありませんが、私の亡き母の名が「きく」でしたので
亡くなってから家を整理していたら、器の模様に菊の花のものが多くて驚きました(笑)
喜美さんは、お父さんの丹精込めた菊を玄関に飾るのが、毎年秋の楽しみでしたでしょうね。
せめて私の写真で宜しければ、楽しんでくださいな(*^-^*)
私も嬉しいです♪
ありがとうございました。


☆maruさんへ

☆maruさん、こんにちは。
富山の気温はいかがでしょうか。
こちらは昨日は25度もあって、半袖で過ごしましたよ!
おかしな天候ですね。

いにしえに思いを馳せて、、、私もなんだか、昔の官僚の娘の田舎暮らしは如何ばかりかと
そのあたりが気になりました。

> って、オイラの柄にもない事を・・
> 菊の香りで酔ったのかもです。
> 菊だけに効くぅ

ハハハ(≧▽≦)
菊の香りが漂って清浄な空気感でしたよ。
ありがとうございました。

☆つちのえさんへ

☆つちのえさん、こんにちは!
若い頃の私も、菊は仏花のイメージしかありませんで、
見直したのはここ最近です。

> 菊の花、おひたしは好きなんですが(⌒-⌒)
> 一輪ずつ愛でることありませんでした。

最初に「お浸し」や酢の物にした人はきっと、あのふっくらした花弁を見ているうちに
美味しそうだわ!!って、思ったに違いありません( *´艸`)
私だって昔の人間なら、もしかしたら菊を見ているうちに
食べてみたいと、チャレンジたと思います。

> 白色は「真実」花言葉そのものの美しさ、
白は真実、、、言い得てますね☆

> ふっくらしたオムレツのような黄色(笑)、
で、黄色の花言葉は、この瞬間から「オムレツ」(爆)

> 洋風の花たちとはまた違う艶やかさですね。

そうですね~~キャパが広がり歳をとって、嫌いだったものや
目に留まらなかったものの良さや美しさが理解できるようになりました。
ありがとうございました。

☆NANTEIさんへ

☆NANTEIさん、こんにちは。
お先に失礼いたしました( *´艸`)
NANTEIさんもこちらへ行かれる予定がお有りでしたか。
模型を見たら、立派な回廊形式の建物で
京都へ行かなければ見られないような建造物が、
千葉にもあったなんて!!驚きでした。

> しかし尼寺でこの規模ですから、
> 国分寺はもっと壮麗だったでしょう。
> 律令時代の意気込みが伝わってきますね。

はい、国分寺も行ってきました。
今は茅葺の薬師堂が、なかなかの威容で
そちらはそちらで、ひなびた風情が佳かったですよ。
市川の国府台にも国府があったのでしょうね。
そちらの方がメジャーで、市原は知らない人が多いのではないでしょうか。

> 「更級日記」の謂れ、初めて知りました。
> そしてミルさんの語りに、遥かな万葉の風景が甦る想いです。

ありがとうございます。
真間の手児奈を詠んだNANTEIさんの句、
真間川を手児奈の帯になぞらえて、素敵な一句ですね。

> 真間川は手児奈の帯か花筏

覚えてしまいました。
ありがとうございました。


No title

ミルさん
おはようございます。
美しい写真が並び、
ミルワールドに浸らせて貰いました。
妖艶で華やかですね~
学生時代、市川の真間にグランドがありまして
都内に近いのに千葉ってだけで
下宿代が安いもんだから多くの友人が
暮らしていました。
何度も遊びに行ったのにほとんど記憶がありませんww
千葉って本当に素敵な場所がいっぱいだったんですね。
平安時代の煌びやかな女性が匂うようです。
現在、小田原城でも菊花展が開催されています。
今年は他2ヶ所の菊花展を見ましたが
ミルさんの写真が一番美しいです。

☆チカさんへ

☆チカさん、こんにちは~
菊花展は何年振りかで行って見ましたが
丹精した人の思いが伝わってくるような美しさでしたよ~
そうそう、菊って妖艶ですね。
決して子供ではない、、、花に歳があるなら熟女か老女のような気がします。

学生時代に市川へ度々遊びに来られたとか。
何にもない、、、というか広すぎて、ピンポイントに何かあるという感じです。
今だって奥へ行くと大自然が残っています。

> 現在、小田原城でも菊花展が開催されています。

今、小田原城も華やかでしょうね。
観光客も多いでしょうから、忙しいですね。

お褒めに預り光栄です(^^♪
なかなか本物の美しさは掬い取れないですね。
ありがとうございました。

ミルさん、こんばんは、遅くなりました、

国分尼寺、壮大ですね、市原市にあるんですね、先日、市原市には行ったんですが、こんな所があったんですね。

更科日記は名前を知ってる程度だったからミルさんのブログでなんとか^_^、
こういう話はロマンを感じますね。

ミルさん、こんばんは、遅くなりました、

国分尼寺、壮大ですね、市原市にあるんですね、先日、市原市には行ったんですが、こんな所があったんですね。

更科日記は名前を知ってる程度だったからミルさんのブログでなんとか^_^、
こういう話はロマンを感じますね。